大草原の小さな寒村

孤独に歩め。悪をなさず。求めるところは少なく。林の中の象のように。

『うる星やつら』リメイクに、ちょっと待て!と叫びたい、キノコヘアーの4つ打ち系サブカルクソ野郎の主張。

うる星やつら押井守のやつしか観てないし。押井の文脈でしか知らない、読んだこともない、観たこともない ゆとり世代の若造ですが、今回のリメイクに、一つモノ申したい。

おめぇらさぁ…  まだ80年代リバイバルを続ける気なの????

俺は正直ウンザリしている。
2010年代中期~後期に起こった“80年代リバイバル文化”に。

よーするにアレだ。シティポップと、ブルゾンの服。赤と青を基調としたビビッドな色使い。

このような日本の'80s文化は、ハラジュク系のオシャンなパリピに迎合され、youtubeを観る限りでは、外国人が、80'sシティポップ、80’sジャパニーズアニメに興味を示してクローズアップされているような文化(ほら、よくyoutubeにあるじゃん。「Japanese citypop selection」とかいって、竹内まりやとかアノ頃のAOR曲を、日本の80年代のアニメのサムネで、外国人がまとめたやつ)。

音楽では、CEROと東京インディー三銃士からの、サチモスの台頭とそのエピゴーネンの粗製乱造。ファッションでは、(KOHHがファック・スワッグと叫んでいた)MA-1とかストリート系オーバーシャツとかデカいパーカーとか、黒スキニー。足元はバンズのスニーカーとスタンスミス。
このような80年代リバイバル

僕はインディーズ系ロックを、彼ら80年代マンが台頭する前の時代から好んでいて、KANA-BOONとかクリープハイプとか出てきて、スゲーってなってた頃。
ファンキーな奴らがそのサブカルの土壌を80年代色に染め上げた、まるでバブルの再現のような恐ろしきバブル帝国の野望に。

僕はこのような文化に押しつぶされまいと、“ポップ”ではなく“ロック”を探し、革ジャンを羽織り、レッドウィングをはいて、洋楽邦楽のシーンを観ていた。
だが、ロック一直線だったバンドがポップスに成り下がり、人気が失墜したり解散する光景を何度も目にしてきた。名前は挙げないが。

―――そして2022年現在。
このような'80s旋風は消え去り、シティポップに負けていたボカロ畑から米津玄師が飛び出してきて、今のまふまふとかAdoに繋がる「ヨル系」が誕生し。
インディーズもPKshampooが大きく影響してロックに回帰できたりして。
キングヌーがファンクからミスチルみたいな曲を作ったり。
人々は90年代後期的なエアマックスを漁り始めていた。

もはやバブルの幻影を追いかける行為は、KOHHがファックスワッグ!と2014年時点で言った通りにダサいのだ。

そういえばノイタミナのバナナフィッシュも80年代ですね。
今、必要とされているものは、日本の現在の文化を世界に発信することである(別にネトウヨ的怪電波を浴びてるわけではない)。
しかし、日本の萌えやら美少女は、中国や韓国に換骨奪胎されて、日本だけにあったOTAKUが東アジアのOTAKUに成り代わってしまう日は近いと思う。
そうはさせないために、今のオタクと、'80sリバイバルにノレなかったキノコヘアーの4つ打ちサブカルクソ野郎たちは団結し、「限りなく陽キャに近い陰キャ」に習合すべきである。
なんか浅野いにおも美少女オタクっぽいマンガを書いてるし、PKshampooだって陽キャオタクだ。
オタクとサブカルは再習合しなければならない。
80年代なオッサンたちと、それにこびうる女たちや、海外勢と、戦わなくてはならない。
これはWORLD WAR(ドラゴン田中)だ。