どうも。真面目な記事を書きすぎて、日記でテキトーな事が言えなくなった農夫です 笑。
しかし日記とて、ショーガツだし、仕事に就くのも今月末ぐらいだし、半分眠ったような生活をしているけど、なんらかの主張をしないといけないので、ちゃんと書きますねココアさん・・・。
んで、タイトルの通りである。僕は漫画家志望者だから「映像の原則」を読んで画(え)づくりの基本的原理を忠実に学んだ。富野氏も言っている通り、ここで書かれた技法はマンガにも通用する。
しかし、『ウマ娘』も『原神』もやらずに、『FGO』ぐらいしかアクティブにプレイしてるゲームがない(PS4のゲームも沢山積んでいるけどやる気力が沸かない)自分にとっては、この『映像の原則』で学んだことが、なにか、忘れてしまうような、そんな恐怖がある。
FGOの画法とUIは単純そのものだ。右から左に攻撃するアクション。宝具も右から左に攻撃するだけ。演出っぽいものは顔がアップになるだけ。紙芝居のシナリオ。
――こんなモノばかり摂取してしまえば作家として致命的な自家中毒に陥る。
「右から左への攻撃シーン」をテキトーに眺めていたら、映像の原則で云われていた「上手」と「下手」の基本原則をおざなりにしてしまうわけで。
通常攻撃演出も宝具演出も映像の原則で云われていた「ダイナミズム」をないがしろにしてしまうわけで。
そんなものを観ているくらいなら、Fateシリーズのアニメやマンガを読んでいた方がいいと思ってしまう。
2部6章のシナリオには感動したが、やはり、演出のフォーマットとして、FGOの簡素な画面は物足りないなーと、思ってしまった今日でした。
しかしこの『映像の原則』、まるで『ヒッチコック・トリュフォー』に匹敵するような、画作りの仕事をしない人にも驚かされるであろう内容の本なので、素直にレコメンドしておきます。映像の見方が革命的に変わります。