大草原の小さな寒村

孤独に歩め。悪をなさず。求めるところは少なく。林の中の象のように。

日常系アニメはオワコン?冗談じゃねえ、そのご指摘自体がお門違いだぜ。

兆候はあった。

2017年の『けものフレンズ』である。

われわれは3Dキャラを違和感なく受け入れた。

優しい世界(ここでは日常系・きらら系をこう表すことにした)を3Dモデルで享受していた。

しかし、これは通常の優しい世界系ではない。どこか影が潜んでいるのかが魅力の一つでもあった。

 

さらにもう一つ、『ポプテピピック』をわれわれは受け入れた。

ポプテピピックが、けいおん!あたりから ごちうさ辺りまでの優しい世界と違っていたのは、ポプテピピックはファッショナブルだったからだ。

 

ポプテピピックの原作が、Twitterで「シュール」と流行り(これが後の現場猫モルカーちいかわみたいなシュール可愛い系に発展する)、エキセントリックなTVアニメでブームは最高潮に達し、キーホルダーとかぬいぐるみとかTシャツとか、ギリおたくっぽくなくデザインされたアイテムをわれわれは享受した。ポプテピピックはオタクっぽくなかった。

 

そのポプテピピックと同期に放送された『ゆるキャン△』は、ギターなど軽々弾けてしまう けいおん!よりも現実的にキャンプグッズを扱い。女の子同士のいちゃいちゃよりも、キャンプをすることが目的だった。熱血アニメ『よりもい』と肩を並べてコラボできるくらいの硬派だった。普段ジブリ以外絶対アニメ観ない、『水曜どうでしょう』好きなぼくの母親(57歳)もアニメを観るほど硬派だった。

 

それと前後し、Vチューバーなるものが流行り始めた。

ぼくはVチューバーにそれほど詳しくないから、卑怯にも5ちゃんねらーの情報を辿ってVチューバーというものを理解したが、これはまずいと直感した。

 

べつにVチューバーをコキおろしてるんじゃない。ぼくもカグヤルナとかキズナアイぐらいは動画を観てた。5ちゃんねらーとか、増田とかTwitterとかの世論は言う。Vに日常系は流れた、と。

 

僕はよく調べた。よーく調べた。そのうえで考えてみてくれ、Vチューバーグローバル化するだろう。

なんせ簡単だからだ。モデリングされたキャラクターがいれば十分だからだ。

しかし優しい世界のアニメは違う。まず動画と映像は三次元と二次元で別もんだし。

優しい世界のアニメには、日本人的感性の「行間」とか「フェティシズム」を培ってきた。

時代はさかのぼり2013年。

 

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GJ部(2013年)

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あいうら(2013年)

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ゆゆ式(2013年)

 

自分が勝手に黄金期トリロジーと呼んでいるこの3つのアニメ。

日常に潜むフェティシズムがほほえましい。

2013年は本当に黄金の時代だった。難民というスラングもこの年生まれた。

このようなフェティシズムを海外アニメがいつか学ぶときが来るかもしれないが、バーチャルの3Dモデルよりも難しいので、まだ先かもしれない。が必ず追い抜かされるときが来るだろう。

 

われわれはいつしかこのようなトキメキを忘れてしまったのだろうか。

ゆゆ式だけは未だカルト的人気を誇っているように思える。

 

だけど、なぜゆゆ式はこんな人気があるのに、2期が制作されないんだろう。なんでゆるゆりは路線変更後に続編がパタッと途絶えたんだろう。なんでNEW GAME!は完結したのに、アニメを完結させないんだろう。のんのんびよりは一応ケリをつけたのに。

…と考えてしまう。

これらは、じゅうぶんマネタイズにたりうるIPだと思うのに。

世間じゃ「日常系はオワコン」だとか陰口たたかれてる始末だ。

これでは優しい世界アニメ文化が、かつて角川系がハルヒらきすたの続編を放置して過去のモノにしてしまったのと同じ轍を踏んでいると思う。

電撃系はSAOもとあるもストブラも終わらせようと頑張ってるのに。

 

だけど、むろんこの優しい世界アニメの潮流が消えてるわけではない。

まちカドまぞくは大人気を博した。恋アス。放課後ていぼう日誌も忘れられない。えんどろ~だって。今期だってジャヒー様がある。

 

だけど、なんというか……それらの、優しい世界系の形式(固定メンバーが談笑するだけ)が地殻変動する音が聞こえなくもない。

4人前後が、手に何も持たずに、談笑するだけという映像の文法。

それらはいつか砂のようにこぼれて散ってしまった………のか?

さて、「ぼっち・ざ・ろっく!」はどういうことになるんだろうか。

さて、われわれ難民はどこに向かうのか。

しかし、生き延びたとして、その先がパラダイスのはずはない(銀河万丈)。

いや、それでも俺は明日が欲しい。