「思考は、言葉によって規定されたりはしないッ」ドカーン サーリーロデッドヨンデー♪
『虐殺器官』のジョン・ポールは先進国と後進国との壁を作るためにアジテートしてきた男だが、人類文明は資源の奪い合いによって成り立っているので、先進国だけスパっと断絶させて平和になることなどありません。
そして所謂「無敵の人」のテロは止められないと原作で言ってたし、時代が移り変わってるなぁとは思う。(それでも僕は20年代になっても伊藤計劃をキリストのように崇めるんですが。)
『ごんぎつね』の読めない小学生たち、恐喝を認識できない女子生徒……石井光太が語る〈いま学校で起こっている〉国語力崩壊の惨状 https://bunshun.jp/articles/-/55970
結構前に話題になってたコレ。
思考は言語に規定する。という、虐殺器官でも語られたサピア=ウォーフ仮説そのもの。だけどサピアウォーフは、とっくの昔に「生成文法」なる理論で現在では批判的になっているらしい。
ざっくり言えば言語と認識は切っては切れない関係ということである。
我はジョギングが日課なんですが、いまどき平気なツラして逆走キープライト歩道通行で自転車に乗ってるやつらとすれ違う。
彼らの思考を考えると、迷惑防止の条文というものを軽視している感じがしますね。どう考えても言葉のウェイトを軽く見積もってる。
(すんません。引用した なるたるの須藤の主張は過激すぎました)
エモいって言葉
ワタクシは音楽が大好きで、90年代から今にかけての「EMO(イーモゥ)」という音楽ジャンルを聴き漁っているんだけど、エモという言葉は枝葉のように分かれている。
向こうのアメリカじゃエモボーイというファッションスタイルがあったり。
その点に関して僕はとくに嫌悪感はないのだが、最近目立つ日本語の「エモい」って言葉に疑問符がある。
泣きたくなるような激情や高揚感とかの感情を簡略化させて「エモい」と片付ける。
「尊い」とか「ありえんよさみ」とか「ここすき」とかもあるよね。
なんか、感情が吸引されてる気がします。
いや。まぁでも、僕自身「尊い」と「ここすき」は使っちゃうことは多いです。俺はマシーンじゃない!
言葉にならない感情
アニメ版『放浪息子』
放浪息子を観てた人だけにしか伝わらないと思うんだけど、最近マイブームになってまた全話観た。
これは、ヒロインの一人の千葉さん(画面右)と(画面左下)の主人公の二鳥くんの、恋とも好きとも言葉にならないシーンです。このシチュエーションをどう言葉で言い表せればいいのか、日本語では言語化できません。
でも、このシークエンスで千葉さんの表情から何かを読み取ることができます。
まぁ良く出来てるアニメですよ。おすすめです。
言葉から感情を読み取る
逆パターン。
コードギアス最終回のルルーシュとシュナイゼルの録画バトルシーンです。
いろんな人達と関わり戦い助け合っていたルルーシュは、最終盤になると、もう悟りの境地に入っています。
シュナイゼルに投げかけた言葉。
ギアスも仮面もその根源は…!
シャルル、マリアンヌ、集合無意識に放った言葉。
勝ち負けじゃない、これは願いだ!(略)それでも俺は明日が欲しい!
スザクと交わした言葉。
願いとは、ギアスに似てないか?
これらの台詞をどう受け止めるか。考え方はさまざまです。
『PSYCHO-PASS』
槙島聖護「そうか、君は。」
私は放送当時からこの言葉の意味を何通りも考えていましたが、結論はいまも分かりません。
『ストライクウィッチーズ2』
サーニャ「このまま、あの山の向こうまで飛んでいこうか」
エイラ「いいよ。サーニャと一緒なら、私はどこへだって行ける」
サーニャ「うそ、ごめんね。いまの私たち には、帰るところがあるもの」
このやり取りも表情込みで意味深な会話です。
なぜサーニャは一緒に山まで飛んでいこうかとうそぶいたんでしょうか。
その感傷も、われわれ受け手がどう享受するのか考えるのです。エモいとか言わずに。
余談。ストライクウィッチーズ。ひいては放送中のルミナスウィッチーズと、過去作のブレイブウィッチーズも、一貫して感性が豊かなアニメです。反戦アニメとしても力のこもった名作です。プーチンに見せたいですね。そしたらプーチン戦争やめるかもしれないぐらい佳い。
まー あとはスローループのひよりちゃん。
この子からは本当に優しさを感じましたね。相手のことを思って、まるで薄氷の上を歩くように温かい言葉遣いをするんです。
…とりあえず、こんなところで。拙著『ガンオーダーズ』はいま2話目を描いてます。よろしゅう!
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