大草原の小さな寒村

孤独に歩め。悪をなさず。求めるところは少なく。林の中の象のように。

「ぼくらの」を一気読みして憔悴した

🤮

もう、しばらくすれば。2022年間。地球人類が連綿と紡いだ西暦のこよみに、一つ数字が刻まれる。傷跡のように、「2」にもう一角、「3」と。

ぼくはこの事実に耐えきれない。毎年こんなことを思いながら、布団でただ横たわる。

今年は特にひどくて、食事もサラダ半分ぐらいしか食べれなくて、免疫力低下で治らない口内炎に痛めつけられながらビタミン剤を飲んでいる。日の光が気持ち悪くて常にカーテンをしいている。


「この星の無数の塵の一つだと今の僕には理解できない」


連載当時。途中で追うの止めて、欠けてた単行本を買った。2008年頃だから、中学生の頃に読んでいたものだ。アニメは観てない。あらためて、巻末のトークでアニメ版は闇が深そうなのを知って観る気もない。

たまたまAmazonで新装版の表紙絵をみたのがきっかけ。なんか得体の知れない恐怖感を感じませんか?

ちょうど「なにもち」を再読してたこともあったけど、コレはお世辞にも、新キャラ登場から集中力が途切れてしまう…。

うーーーーーん。

なのに、「ぼくらの」はどうだろうか…。再び読んだら指が止まらない。

当時は飛び飛びで読んでたこともあったし、僕はあのころ鈍感だったから、それほど重く受け止めてなかった。

このメンタルで一気読みするのには重すぎた。

読中、読後に、猛烈な離人がおそいかかる。

およそ常人では発想しえない。15人+数名の、凄まじくリアリティのあるバックボーンと悲劇。

それらが緩みも絶え間もなく描かれるものだから、非常にクる。

鬼頭莫宏先生流の独特な描写方法で描かれた、構築美とも言うべき、このひとりひとりの物語を、マンガ業界にありがちな路線変更とかナシで、11巻貫き通せたのは凄い。を通り越して、怖い。

特に最終巻の決断には畏怖しかない。

(以下ネタバレ込)



しかしその反面。鬼頭莫宏先生の作品には、違和感もあるんです。偏った思想を押し付けられるような。

しかもそれらを正当化するすべに長けているのが、この「ぼくらの」なんですね。

なにせ完成(成熟)された説得力を持つ、「鬼頭莫宏先生流の独特な描写方法」というフォーマットに沿って描かれるものですから。


www.cmoa.jp


百聞は一見にしかず。公式立ち読みで。

他の漫画とは描き方が違うでしょう?

コマ割、緩急。というとすごく陳腐になるけど。そこも究極に完成されていて。人を物語のレールに乗せる「説得力」があります。

たいてい面白い漫画というものは、このような、「説得力」のあるフォーマットを持たなければ成立しません。

思いつくに、「ガンツ」とか「グラップラー刃牙」とか、内容の如何に関わらず、スラスラ読めるのは、説得力のあるフォーマットを有しているからです。

「ぼくらの」もそのうちの一つとして見事に成立しています。

とくに「ぼくらの」のすごいところは、こんな凄惨な内容に突飛なギャグ顔もいけてしまうキャラクターデザイン。

これから性的虐待を受けようとする(未遂に終わるんですが)シーンなのにこんな顔。

突飛なギャグをやらかして失敗するというのは、素人の漫画に必ずあります。僕が夏に描いた漫画もそのひとつです。だから見事だと思います。

構築美ともいうべき悲劇のシナリオに、このフォーマットが合致して、この漫画は加速度的に読者の指をすすめます。

しかし、それでも、完璧な漫画というものは存在しないのです。

作者が語りたくて仕方ない物語に「それは誘導だ」という読者の邪推が、しばし矛盾を生じさせるんです。

「ぼくらの」は、モジ編までの誘導がすごく上手いんです。

まず1巻から絶え間ない謎で「誘導」させ、4巻での、モジの死が、鮮やかな殉死のように見せる「誘導」。

あまりに完璧すぎるので、スラスラ読めてしまうんですが、子供らしくないとか、もっとまともな死の実感はないのかとか、ルールの後出しが卑怯とか、そういう屁理屈を構えてしまう。

なんか、この漫画の子どもたち全員が、一定の正義に属していて、それを見ているのが面白いと理解っている上で苦痛なんです。

「一定の正義」こそが鬼頭莫宏先生の語りたい「思想の偏り」なんです。

とくにハタガイ先生がキリエを説得させる言い方とか、それに対するキリエの受け止め方の偏りが、誘導的だと思いました。

だけどキリエのエピソードが一番おもしろいんですよね…。

あんま人のブログから引用したくはないんですが。ハタガイ先生とのくだりから、このシーンと、次のシーンでの決意が、ものすごく気に入ってます。


命を奪い合うなら礼儀が必要だ。

美学がないと、戦うことなんてできませんから。


そして、もうひとつ、この漫画が「誘導」させなかったのは。

肉体的痛みの表現。

アンコ編で。アンコの足が溶けるんですが、ゴア的表現を除いた痛みを描くことになんか失敗してる気がしますね。

それ以降、コックピットまで攻撃が入る恐怖を感じるんですが、痛覚が読者と共有されないような感覚を覚えます。

カンジ編で痛みを語るのに、やはり痛覚を共有できないのか…。

あとは、最後の畳ませ方とか色々言いたいんですが、「誘導」しきれてない面もあげられるんです。この作品。

それは、作者の「思想の偏り」が、読者とラジカルすぎる乖離を引き起こしているんだと思います。

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読んで、思いを馳せながら一晩寝て、記事を書いたんですが。言いたいことはこれくらいです。

とにかく面白く、なおかつメンタルが削られるので、精神状態が善いときの読書をおすすめします。